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中 国 雑 感      
                               1998年11月

  11月初めに関空経由で広東省の広州から昆明、石林、桂林の雲南省を訪れた。雲南省は中国の南に位置しており、ミャンマー、ベトナム、ラオスと接し、気候は11月でも暖かく亜熱帯気候である。また新彊・ウィグル地区と並んで少数民族が多い地域でもある。

少数民族の歴史

  少数民族は新彊ウィグル自治区、雲南省に多いが、世界中どこでも土着の民族にはしいたげられた歴史がある。雲南省は中国56の民族のうち25民族もの少数民族がおり、農業主体の自給自足の生活をしている。新彊・ウィグル自治区のイスラム系の民族と違い、顔だけでは98%以上を占める代表的な漢族と変わらない。人口13億の中国にしてみれば1千万でも少数民族であるが、雲南省の代表的な少数民族は、壮(チワン)族で1550万、苗(ミャオ)族で8百万、白(ペイ)族で2百万おり農業と唯一民芸品などによる観光で現金収入を得ている。それぞれ独自の文化、言語を持っているが、アイヌ民族のように文字を持たない民族もおり、生活は新彊ウィグル自治区の少数民族より劣り、中国でも最低の生活状態のようである。しかしながら衣装は皆派手であり、観光用でもあるが自己主張の顕われでもある。貧乏である事を当人は意識していないかもしれないし、豊かさの定義は我々のおしきせである。
今回観光地で実際の生活を見ていないが、前回の新彊・ウィグル、パミール高原にいたウィグル族、キルギス族、タジク族の生活を楽しむ豊かな顔が忘れられない。老人は皆ダブルオウセブンのショーン・コネリーばりの良い顔をしており、日本の年寄り、サラリーマンのように生活に疲れた顔と比べ物にならない。落合信彦著の「もう一つのシルクロード」では、中国公安当局が少数民族をかなり圧迫しており、少数民族による反乱も公表されず隠されているとの話であるが真偽の程は定かではない。91年に旧ソ連が崩壊したが、タジキスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタンなどの少数民族が独立したように民族紛争が起こらないとも限らない。

建設ラッシュ

  政府が8%の経済成長を謳っており、訪れた都市々に建物、道路の工事がいたる所にみられ、バブルの時の日本を見ているようで、中国もバブル気味ではないかと思われる。特に昆明は意外にも人口400万人もおり大都市であるが、99年に世界園芸博覧会を開催する事もあり、至る所で工事が見られる。しかもかなり人海戦術的なやり方である。ホテル、料理店なども日本では考えられないくらい従業員が多い。この無駄が中国では大切であると思われる。訪れた博物館、有料の公園など公的な機関はとにかく何をするとでもない係の人が多い。
日本並みの効率を求めれば、人口が多い故に雇用とのバランスがくずれ失業者があふれるであろう。北京の天安門広場の改修、上海の地下鉄の延長工事、水道工事など全国各地で大きな工事があるが、今後も維持出来るかどうかは分からない。
銀行の不良債権の増大、一時的な公共投資による雇用の不安など起きており日本の道をたどるかも知れないが、悲観的な見方と、このまま文化大革命の10年の回り道を取り戻し発展する見方とがあるようで、どういう方向へいくか世界に及ぼす影響は計り知れない。ただ自然の維持と開発、便利さとはトレードオフの関係にあり、今回訪れた昆明湖(琵琶湖の半分位の大きさ)は、湖の回りには、発電所、工場らしきものがあり確実に湖の汚染、環境破壊が進んでいる。
シルクロードで見たカラクリ湖の絶景も観光が進めば確実に自然はむしばまれる。全世界の歴史が、便利さを求め開発が進み自然への環境破壊を行ってきた事を見るにつけ、何とも悲観的とならざるを得ない。

農民は豊か

  農地は、所有権は国にあるが使用権は個人にある。請負制の導入で賢い農民とそうでない農民とに生活レベルに差が出てきた。耕地(土地が小さく仕切られている。)を借り、金、米で税金を納める。賢い農民は池で魚を養殖したりあひるを飼ったり工夫しており、経営を個人に任された形でやる気が出てきたのではないか。日本の経済構造と実質あまり差がなくなっている感じがする。改革開放政策を唱えたケ小平の評価がかなり高まっている。天安門広場こそ毛沢東の肖像画が見られるが、広州の公園には大きなケ小平の肖像画が見られる。黒い猫も白い猫も、鼠を獲る云々の話が浸透してきている。農民の家屋も、粗末な建物からどんどん新しく建替えが進んで、新旧の家屋が混在している。

健康

  中国人は、年取った人も若い人も体型がスマートで、年配の欧米人にような肥満の人は見かけない。食生活が大きく影響していると思われるが、健康にも気を使っている姿が見られる。ホテルの付近を朝散歩すると公園、広場で必ず太極拳を行っている。太極拳と共に、社交ダンス、麻雀を行うグループ、鳥篭を持ってきて、小鳥の鳴き声の鑑賞を行うグループもあり多彩である。日本でもジョギング、ウォーキングを行っているが、個人ではなく仲間と楽しんでいるように見受けられ、貧しいが生活を楽しむ姿勢が見られる。平均寿命がどのくらいなのか興味深い。それにしても、朝から広場で麻雀をやっているグループには驚かされる。

中国国内空港

  いつもながら国内航空に泣かされる。広州空港は人口660万にしては規模が小さいのかゲートが少なく、行き先とゲートNOがなかなか分からない。電光掲示板頼りでなかなか自分の行き先のフライトNOに回ってこず、天気予報などをはさみ10分位の間隔でアナウンスされる。また出発直前でもなかなかゲートNOが決まらない。どうも航空会社が何社もあるらしく、関係者らしき人に聞いても中国語しか通じず、このシステムを理解するに苦労した。
今回国内航空に3回利用したが、時間通りは1回だけ(時間5分前に飛び立ったが。)で、1時間遅れ、2時間遅れであり、いきなり掲示板にDELAYの文字が出てくる。飛ばない事もよくあるらしい。とにかくこの国は移動するのに飛行機を使わざるを得なく苦労する。

食は広州にあり

  どこのホテル、料理店でもさすがに食の国で、常に10種類位の料理が並ぶが、野菜を主体としたものであり、素材は同じでも、料理方法は全て違い、量も多くほとんど半分以上残す事になる。食は広州にありと言われるが、今回昆明のホテルで食べた雲南料理の過橋麺(色々言い伝えがある。)が美味であった。スープは鶏ガラで、麺は米から作ったものといい、日本のラーメンとそばの美味いところをミックスしたような感じであった。

インド、ネパール、パキスタンのカレーをベースの食事と比べると、断然中国の食事の方が日本人の口にあう。やはりカレーをベースにした料理は何日も続けると飽きる。
いつも各地方のバザールを見るのは、その土地の庶民の暮らしを見るのに楽しいが、今回の食料品のバザールは、鳩、鶉、山羊、鶏、蛙、虫など生きたものが売られており、足を縛って買って行く人の姿が見られる。

新旧交錯した国

  車による交通渋滞、携帯電話の氾濫など見かけは殆ど日本と変わらない。日本の車(日本のメーカとの合弁会社により生産)の他にアウディ、ベンツの車が行き交い、国産の紅旗も見られる。さすがに庶民には手が届かず国、企業、商人用であるという。かと思えば、天秤棒を担いだ老女のザボン売りが車をよけて道ゆく人に売る光景も見られ新旧の交錯した国である。マンションもかなり立ち並んでいるが、昆明で70平米で日本円で1千万というから、公務員の初任給1500元の生活レベルでは、庶民には手が届かない。どんな人が買う事が出来るのか不思議であるがどうも商人らしい。

日本に馴染みの薄い広州(GUANGZHOU)で660万、昆明(KUNMING)で400万の人口というから、ちょっとした都市は100万をはるかに超え、中国という国はほんとうに恐るべき人口である。

定年が一般に男55歳、女50歳と若く、やはり膨大な人口と失業率に関係している。退職後の生活は年金制度はないが、漢族は勤勉で貯蓄性向が高いと聞くが、今まで勤めていたところで積み立てをした分が支給されるという。教育は日本と同じ6、3、3、4制で義務教育も同じ9年である。少子化政策の子供一人は、厳格に守られているようだが、都市の若夫婦は教育、親の面倒などで一子で精一杯というから日本の実情に似ている。但し少数民族は2、3人、農民は第一子が女ならニ子まで許されるようだ。ガイドは勿論、公的な仕事など女性の社会への進出も進んでいる。ある料理店で、店長らしき人が何かウェイトレスに文句を言っていたが、ウェイトレスも負けてはいなく客を前に言い争っているから自己主張も激しい。

この国は我々が思った程共産主義ではなく自由世界であり、見かける人はこざっぱりとした衣服を着て極端な金持ちはいないが、貧しい人もあまりいないように感じる。分裂した旧ソ連の現在の混迷した社会と比較すると、ケ小平の改革開放政策がうまく機能しているように思われる。今後この共産主義と自由主義をミックスした何ともユニークな政策、社会の仕組みが、13億という膨大な人民をどう統率していくのか興味深い。まだまだこの超大国のほんの1部を見たに過ぎなく、この広く奥の深い国の全てを知るのに何年かかるか分からないが、機会ある毎に訪れたいと強く感じる。

                                                  以上

桂林漓江下り

漓江沿岸

中国雲南省